同期がほとんど引退した今、元プロサッカー選手の俺が正直に感じていること

メンタル・生き方

同期入団した選手たちが、ほとんど引退する年齢になった。

あの頃、同じグラウンドで汗を流して、同じ夢を追いかけていた仲間たち。

一人、また一人とスパイクを脱いでいった。

俺もその一人だ。

その姿を見ながら、感じていることがある。

周りの同期含め元アスリートで、精神的に疲れてしまう人間が多い。

これは他人事じゃない。

俺自身も含めて、引退後に心のバランスを崩す時期があった。


サッカー選手は、まじでいい職業だった

まずこれだけは言いたい。

サッカー選手は、本当にいい職業だ。

好きなことを仕事にできる。

毎日ボールを蹴って、試合で活躍すれば周りが喜んでくれる。

ファンが応援してくれる。
チームメイトが称えてくれる。
メディアが取り上げてくれる。

しかもそれが収入に直結する。

好きなことをやって、人に喜ばれて、ちやほやされて、お金ももらえる。

こんな職業、他にあるか?

だからこそ、それを失った時のギャップが凄まじい。


データが示す現実

俺の感覚だけの話じゃない。

国際プロサッカー選手会(FIFPro)の調査によると、
サッカー選手の38%がうつや不安障害を経験しているというデータがある。

現役選手でこの数字だ。

引退後はさらに深刻で、イングランドでは引退した選手の40%が4年以内に破産し、3分の1が1年以内に離婚しているという報告もある。

数字だけ見ると「そんなに?」と思うかもしれない。

でも俺の肌感覚では、この数字は大げさじゃない。

むしろ実感に近い。

実際に俺の周りにも、引退後に鬱になった選手がいる。

一人や二人じゃない。


サッカー関係の仕事に就いた選手は少ない

引退後、サッカーに関わる仕事に就いた同期は少ない。

指導者になった選手、
クラブのスタッフになった選手は一部いる。

でも大多数は、サッカーとは関係のない仕事に就いている。

そして、社会に出た人間に精神的に苦しむ人が多い。

これは俺の肌感覚だけど、かなり確信に近い感覚だ。

なぜか。

俺なりに考えると、理由は明確だ。


サラリーマンという世界の違和感

サッカー選手を引退して社会に出ると、待っているのは会社員の世界だ。

毎日同じ時間に出勤する。言われた仕事をこなす。

頑張っても頑張らなくても、給料はほとんど変わらない。

それどころか、仕事ができるようになると、
ご褒美のように仕事を大量に振られる。

給料は変わらないのに、責任と仕事量だけが増えていく。

みんなよくやってるなと思う。

これは皮肉じゃない。純粋にそう思う。

サッカー選手の世界は全く違った。

結果を出せば評価される。
試合に出れば報酬に直結する。

自分のパフォーマンスが、そのまま自分の価値として返ってくる。

それが当たり前だった世界から、突然「頑張っても給料は同じ」の世界に放り込まれる。

この落差に、心が追いつかない選手が多いんだと思う。


ちやほやされなくなる現実

もう一つ、大きいのはこれだ。

サッカー選手の時は、周りが自分を特別扱いしてくれた。

試合に出れば応援される。
ゴールを決めれば称賛される。
街を歩けば声をかけられることもある。

それが引退した瞬間、なくなる。

誰も特別扱いしてくれない。会社では新人だ。

サッカーの実績なんて、仕事の現場では何の意味もない。

この切り替えができない選手は、本当に苦しむ。

「俺はプロサッカー選手だったのに」

この気持ちが抜けないまま社会に出ると、現実とのギャップに押しつぶされる。

俺自身も、引退直後はアイデンティティを失った感覚があった。

「サッカー選手」でなくなった自分が、何者なのかわからなくなった。


「そうはなりたくない」と思った

俺は同期や周りの選手たちが苦しんでいる姿を見てきた。

そして正直に思った。

そうはなりたくない。

毎日同じ時間に出勤して、頑張っても給料は変わらず、仕事ができるようになればなるほど仕事を振られる。

その仕組みの中で、心をすり減らしていく。

俺はその生き方を否定しているんじゃない。

サラリーマンとして頑張っている人たちは本当にすごいと思う。

でも、俺には合わない。

サッカー選手時代に感じていた「自分のパフォーマンスが自分の価値に直結する」という感覚。

あれが俺にとっての自然な生き方だった。

だから俺は、一つの収入源に依存しない道を選んだ。

会社員をしながら、ブログを書き、サッカーの指導もする。

三足のわらじを履いている。

どれか一つがダメになっても、他がある。

自分の努力が、自分の結果として返ってくる場所を複数持つ。

これが、引退した仲間たちの姿を見て俺がたどり着いた答えだ。


最後に

プロサッカー選手を引退するということは、
好きなことを仕事にできた特別な時間が終わるということだ。

そこから先の人生の方がずっと長い。

もし今、引退後の生活に苦しんでいる元選手がいるなら、伝えたい。

苦しいのは、あなただけじゃない。
データでも出ている。
俺の周りにもたくさんいる。

でも、その苦しみは「サッカー選手だった自分」が本当に充実していた証拠でもある。

大事なのは、その経験を次の人生にどう活かすかだ。

俺はまだ答えを探している途中だ。

でも一つだけ確信していることがある。

サッカー選手時代に培った「行動する力」は、引退後の人生でも絶対に武器になる。

動け。考えろ。一つに依存するな。

俺たちは、サッカーでそれを学んできたはずだ。

コメント

×
タイトルとURLをコピーしました