J3・JFLから成り上がったサッカー選手BEST5!雑草魂ランキング

選手の凄さ解説
サッカー選手
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J3やJFLにいる時点で、もうプロとしての未来はないのかな……

そう感じたこと、ありませんか?

J1やJ2ならまだしも、J3。

さらにその下のJFL、地域リーグ。

テレビ中継もない。観客は数百人。

年俸は200〜300万円。
工場で働きながらサッカーしている選手もいる。

  • 「ここにいたら、一生このままだ」

そう思うのは自然なことです。

でも、ちょっと待ってください。

日本サッカーの歴史を見ると、
J3やJFLからとんでもない場所にたどり着いた選手がいます。

J3からW杯の舞台へ。

JFLの工場勤務からJ1王者の主力へ。

地域リーグからJ1まで全カテゴリーを駆け上がった男まで。

この記事では、元Jリーガーの僕がJ3・JFL・地域リーグから成り上がったサッカー選手BEST5を紹介します。

僕自身、年俸120万円でプロキャリアをスタートし、JやJFLの世界も経験した人間です。

下のカテゴリーの「空気感」を知っているからこそ、彼らの凄さが痛いほどわかります。

成り上がりランキングBEST5【結論】

引用:X

結論:J3・JFL・地域リーグから最も成り上がったのは、町野修斗です。

J3のギラヴァンツ北九州から、ブンデスリーガのメンヘングラードバッハ、そして2026年W杯の舞台へ。

この「落差」は日本サッカー史上最大です。

まずはランキング全体を見てください。

順位選手名下部リーグ経験到達点成り上がり度
1位町野修斗J3・ギラヴァンツ北九州ブンデスリーガ+W杯出場★★★★★
2位藤本憲明JFL・SP京都FC(工場で包装作業兼任)J3得点王2連覇→J1月間MVP→神戸でイニエスタと共演★★★★★
3位遠野大弥JFL・Honda FC(工場勤務兼任)川崎フロンターレ+横浜FM★★★★☆
4位小池龍太JFL・レノファ山口横浜FM+ベルギーリーグ★★★★☆
5位日高大JFL・Honda FC+地域リーグ・いわきFCJ1・ジェフ千葉(全カテゴリー制覇)★★★☆☆

5人全員に共通するのは、「ここがゴールじゃない」と信じ続けたこと。

J3やJFLという環境を「通過点」として捉え、
自分から動き続けた人間だけが、上のカテゴリーにたどり着いています。

1位:町野修斗——J3北九州からW杯へ。日本サッカー史上最大の成り上がり

引用:X

町野修斗が1位の理由は、J3という日本サッカーの3部リーグからW杯の舞台に立った「落差」が圧倒的だからです。

所属カテゴリー成績転機
2019ギラヴァンツ北九州J330試合8得点J3優勝・J2昇格に貢献
2020ギラヴァンツ北九州J232試合7得点J2で結果を残す
2022湘南ベルマーレJ1J1で13得点W杯メンバー選出
2024〜メンヘングラードバッハブンデスリーガ海外挑戦
2026日本代表W杯W杯デビュー

横浜F・マリノスに入団したものの出場機会に恵まれず、J3のギラヴァンツ北九州にレンタル移籍。

J3です。日本サッカーの3部リーグ。

テレビ中継はほとんどない。スタジアムの観客は数千人。

「横浜FMで通用しなかった選手」という目で見られる環境です。

でも町野はJ3で腐らなかった。

1年目のJ3で30試合8得点を叩き出し、チームのJ3優勝とJ2昇格に貢献。

2年目はJ2で32試合7得点。2シーズン合計15得点でしっかり結果を残しました。

湘南に完全移籍すると、
2022年にJ1で13得点。日本人最多得点を記録。

そしてカタールW杯の追加メンバーに選出。

さらに2026年W杯では、遠藤航の負傷離脱に伴い代替招集。

決勝トーナメント1回戦のブラジル戦で、遠藤航の背番号6を引き継ぎW杯デビューを果たしました。

現在はブンデスリーガのメンヘングラードバッハに所属(背番号18)。

J3 → ブンデスリーガ → W杯出場。

この落差は日本サッカー史上最大。

町野がJ3にいた時、周囲は「横浜FMで通用しなかった選手」としか見ていなかった。

でも町野自身は「自分はまだやれる」と信じていた。

この自己効力感が、J3からW杯への道を切り拓いた最大の武器。

J3だろうが、そこは通過点にすぎない。

町野はそれを世界に証明してくれました。

2位:藤本憲明——JFLの工場で本を包みながら、J1月間MVPへ。「日本のヴァーディ」

引用:X

藤本憲明が2位の理由は、JFLでアマチュア選手として午前は本の包装作業、午後にサッカーという生活から、J3得点王2年連続→J1月間MVP→ヴィッセル神戸でイニエスタとプレーするまで這い上がったから。

項目内容
生年月日1989年8月19日
出身大阪府富田林市
下部リーグ経験JFL・佐川印刷SC/SP京都FC(2012〜2015年/アマチュア)
経歴G大阪ジュニアユース → 青森山田高 → 近畿大 → 佐川印刷SC(JFL) → 鹿児島ユナイテッド(J3) → 大分トリニータ(J2→J1) → ヴィッセル神戸(J1) → 清水エスパルス(J1)
主な記録J3得点王2年連続(15得点/24得点) / J1月間MVP(2019年2・3月) / 4カテゴリ連続開幕戦ゴール / 天皇杯決勝で新国立競技場初ゴール

ガンバ大阪のジュニアユース出身。

エリートの入り口にはいたはずの男が、プロにはなれなかった。

近畿大学を卒業後、2012年にJFLの佐川印刷SC(のちにSP京都FC)に加入。

アマチュア選手として、
午前中は本の包装作業。午後からサッカー。

プロサッカー選手じゃない。サッカーをする工場員です。

4年間、この生活を続けた。

でも藤本は腐らなかった。

2015年にはJFLで9得点を挙げてチーム得点王に。

しかしその直後、クラブがJFL退会を発表。チームが消滅する。

普通なら心が折れる。

4年間アマチュアで頑張ってきた場所が、なくなる。

でも藤本に手を差し伸べたのが、J3に新規参入した鹿児島ユナイテッドFC。

ここからの爆発がすさまじい。

2016年、J3で27試合15得点。J3得点王

2017年、J3で24得点。
2年連続J3得点王。2度のハットトリック。

J2の大分トリニータが獲得を決断。

2018年、J2で26試合12得点。チームのJ1昇格に貢献。

そして初めてのJ1、2019年。

開幕戦の鹿島アントラーズ戦で2得点。

JFL・J3・J2・J1の4カテゴリで開幕戦ゴールという前代未聞の記録を達成。

開幕5試合で5得点を叩き出し、J1月間MVPを受賞

ヴィッセル神戸に完全移籍すると、

  • イニエスタ
  • ダビド・ビジャ
  • フェルマーレン

とチームメイトに。

天皇杯決勝では新国立競技場の初ゴールを記録し、チームの初タイトル獲得に貢献。

JFLの包装作業員 → J1月間MVP → イニエスタとプレー。

この落差は、「日本のヴァーディ」と呼ばれるにふさわしい。

心理学では「グリット(やり抜く力)」という概念があります。

藤本のJFL時代は4年間。4年もアマチュアで、本を包みながらサッカーを続けた。

途中で「もう無理だ」と思う瞬間は何度もあったはず。

でも辞めなかった。

この「辞めない力」が、J3得点王→J1月間MVPへの道を切り拓いた。

藤本は4年間のJFL生活を「修行」ではなく「準備期間」に変えた。

環境がどれだけ厳しくても、自分の刃を研ぎ続けた人間だけが、チャンスが来た時に爆発できる。

藤本憲明が証明したのは、そういうことです。

3位:遠野大弥——JFLの工場勤務から川崎フロンターレへ。シンデレラボーイの物語

引用:X

遠野大弥が3位の理由は、「午前中は工場で検品、午後からサッカー」というアマチュア生活からJ1王者の主力に駆け上がったから。

項目内容
生年月日1999年3月14日
出身静岡県藤枝市
下部リーグ経験JFL・Honda FC(2017〜2019年/正社員)
経歴藤枝明誠高 → Honda FC(JFL) → 川崎フロンターレ → アビスパ福岡(レンタル) → 川崎 → 横浜FM
Honda FC時代正社員として工場勤務。午前は自動車部品の検品、午後からサッカー

遠野大弥の経歴は、日本サッカーで最もドラマチックな成り上がりストーリーの一つです。

高校卒業時、プロからのオファーはゼロ。

JFLのHonda FCに入団しましたが、ここは企業チーム。

選手全員がHondaの正社員です。

遠野の仕事は、午前中に自動車のトランスミッション工場で部品の検品作業。

午後からグラウンドに出てサッカーの練習。

プロサッカー選手じゃない。サッカーをする会社員

でも遠野は、この環境でも成長を止めなかった。

3年目の2019年、JFLで9得点を挙げてベストイレブンに選出。

天皇杯では5試合で4ゴールを叩き出し、
J1クラブを次々と倒してHonda FCを12年ぶりのベスト8に導きました。

この活躍が目に留まり、J1王者・川崎フロンターレが獲得を決断。

JFLの工場勤務 → J1チャンピオンチーム。

こんな移籍、普通はありえない。

川崎ではレンタル先のアビスパ福岡でJ1二桁得点を記録するなど結果を残し、現在は横浜F・マリノスでプレーしています。

遠野の話で一番すごいのは、環境を言い訳にしなかったことです。

JFLの待遇はプロとは比べものにならない。

午前中の工場勤務で身体は疲れている。

練習環境もJ1とは天と地の差。

でも遠野は「ここでやれることを全部やる」
と決めて、工場の仕事もサッカーも全力で取り組んだ。

行動経済学で言う「現状維持バイアス」
——人は今の環境に留まろうとする心理がある。

JFLにいると、「JFLの選手」というアイデンティティに縛られる。

「自分はJFLレベルの選手なんだ」と思い込んでしまう。

でも遠野はそのバイアスを打ち破った。

僕もJFLや地域リーグの世界を知っています。

あの環境で「自分はもっと上に行ける」と思い続けるのは、本当にきつい。

周りの空気が「ここが居場所だ」と言ってくる。

でも遠野は、その空気に飲まれなかった。

環境が自分を決めるんじゃない。自分が環境を変えるんだ。

遠野大弥は、それを体現した選手です。

4位:小池龍太——プロの誘いゼロからJFL→J3→J2→J1→海外へ

引用:X

小池龍太が4位の理由は、「プロになれなかった男」がJFLから一段ずつ階段を上り、J1の舞台はおろか海外リーグまで到達したから。

項目内容
生年月日1995年8月8日
出身東京都
下部リーグ経験JFL・レノファ山口(2014年)
経歴JFAアカデミー福島 → レノファ山口(JFL→J3→J2) → 柏レイソル(J1) → ロケレン(ベルギー) → 横浜FM → 鹿島
特記JFL→J3→J2の3年連続昇格をチームとともに経験

小池龍太は、JFAアカデミー福島という日本サッカー協会直轄のエリート育成機関の出身です。

中学からJFAアカデミーに入校し、育成年代では「エリートコースの中」にいた。

でもアカデミー卒業時、Jリーグからのオファーはゼロでした。

エリートコースから放り出された瞬間です。

多くの選手がここで諦める。

「もうプロは無理だ」と。

でも小池は諦めなかった。

2014年、JFLに新規参入するレノファ山口FCに加入。

チーム最年少ながら1年目から17試合に先発出場。

そしてここからが凄い。

2014年:JFL優勝 → J3昇格
2015年:J3で主力 → J2昇格
2016年:J2全42試合出場
     → 柏レイソルが獲得

JFL→J3→J2を3年連続でチームと駆け上がった。

柏レイソルでJ1デビューを果たし、
さらにベルギーのロケレンに移籍して海外経験も積みました。

帰国後は横浜F・マリノスでJ1優勝に貢献し、2024年末に鹿島アントラーズへ完全移籍。

プロの誘いゼロだった男が、J1優勝メンバーになり、海外でもプレーした。

小池の話が刺さるのは、「一歩ずつ、でも確実に上がっていった」ところ。

いきなりJ3からJ1にジャンプしたわけじゃない。

JFL→J3→J2→J1と、毎年一段ずつ階段を上った。

これは「成長マインドセット」そのものです。

「今の自分がすべてじゃない。一段ずつ成長できる」と信じる力。

僕がプロになった時も同じでした。

いきなりスタメンにはなれない。

まずベンチに入る。
次にベンチメンバーとして試合に出る。
そしてスタメンを掴む。

一段ずつ。でも確実に。

焦らず、腐らず、一段ずつ。

小池龍太のキャリアは、その大切さを教えてくれます。

5位:日高大——地域リーグからJ1まで全カテゴリー制覇した男

引用:X

日高大が5位の理由は、JFLと地域リーグ(東北リーグ)を経験し、J3→J2→J1まで全カテゴリーを駆け上がった「完全制覇」のキャリアを持つから。

項目内容
生年月日1995年3月14日
出身広島県
下部リーグ経験JFL・Honda FC(2017〜2018年)→ 東北リーグ1部・いわきFC(2019年〜)
経歴流通経済大 → Honda FC(JFL) → いわきFC(地域リーグ→JFL→J3) → ジェフユナイテッド千葉(J2→J1)
受賞JFLベストイレブン(2018年) / J3ベストイレブン(2022年)

日高大のキャリアは、日本サッカーのピラミッドの「全階層」を経験しているという意味で唯一無二です。

大学卒業後、Honda FC(JFL)に加入。

2018年にJFLベストイレブンに選出されますが、ここで安住せず、2019年にいわきFCに移籍します。

いわきFCは当時、東北社会人サッカーリーグ1部

JFLよりさらに下のカテゴリーです。

普通に考えたら「格下げ」。

でも日高はいわきFCの「日本一のクラブを目指す」というビジョンに共感し、あえて下のカテゴリーに飛び込んだ。

そしていわきFCとともに、地域リーグからJFL、JFLからJ3と連続昇格を達成。

2022年にはJ3ベストイレブンに選出されました。

その後、ジェフユナイテッド千葉に完全移籍。

千葉はJ2からJ1への昇格を果たし、
2026年シーズンは日高もJ1の舞台でプレーしています。

地域リーグ → JFL → J3 → J2 → J1。

日本サッカーの全カテゴリーを制覇した男。

日高の決断で特に凄いのは、JFLからあえて地域リーグに降りたこと。

普通、キャリアは「上がる」もの。

下のカテゴリーに行くのは、セカンドキャリアか戦力外のイメージ。

でも日高は、クラブのビジョンに共感して自ら降りた。

これは行動経済学の「サンクコスト効果」を克服した決断です。

「JFLまで来たのに、地域リーグに行くなんてもったいない」——普通はそう考える。

でも日高は「過去」ではなく「未来」で判断した。

僕も現役時代、カテゴリーが下がる移籍を経験しました。

周りからは「もったいない」「もう終わりだ」と言われた。

でも自分では「ここで何ができるか」だけを考えていた。

結果的に、その移籍が次のチャンスにつながった。

カテゴリーは関係ない。自分が何をするかが、すべて。

日高大が教えてくれるのは、そういうことです。

5人に共通する「成り上がりの法則」

法則内容該当選手
①環境を通過点と捉えるJ3もJFLも工場勤務も、すべて「今だけ」と考えた町野・遠野
②辞めない力誘いゼロでも、JFLでも、サッカーを辞めなかった藤本・小池
③未来で判断する過去の実績ではなく、将来の可能性で行動を決めた日高・全員

敵はここにあります。

「J3やJFLにいたら、もう上には行けない」——そういう声。

でもそれは、カテゴリーで人を判断する側の問題です。

あなたの問題じゃない。

町野はJ3にいた時から同じ町野修斗だった。

遠野は工場で検品していた時から同じ遠野大弥だった。

カテゴリーが変わっても、選手の本質は変わらない。

変わったのは「環境」だけ。

そして環境を変えたのは、彼ら自身の行動です。

「この5人は実力があったからでしょ」と思ったあなたへ

  • 「でもこの5人は結局、実力があったからでしょ」

そう思った人もいるかもしれません。

でも考えてみてください。

  • 町野がJ3で腐って辞めていたら?
  • 遠野が「工場勤務しながらじゃ無理」と諦めていたら?
  • 小池が「プロの誘いゼロ=才能がない」と思い込んでいたら?

この5人は存在しません。

実力があったかどうかは、結果論。

行動し続けた結果、実力が「発見された」だけです。

あなたがいまJ3やJFLにいるなら、まだ何も決まっていない。

「ここにいるから無理」と決めているのは、あなた自身かもしれません。

この記事を読んで「すごい話だな」で終わる人には向いていません。

「自分もやってやる」と思った人にだけ、読んでほしい記事です。

まとめ:環境は大事。それを信じてつかみにいく

成り上がりランキングまとめ

順位選手名下部リーグ経験到達点共通する力
1位町野修斗J3・北九州ブンデスリーガ+W杯自己効力感
2位藤本憲明JFL・SP京都J1月間MVP+神戸グリット
3位遠野大弥JFL・Honda FC川崎+横浜FM環境を言い訳にしない
4位小池龍太JFL・山口J1優勝+海外一段ずつ上がる
5位日高大JFL+地域リーグJ1千葉未来で判断する

僕はプロ10年間で活動しました。

年俸120万円からのスタート。

エリートなんかじゃない。

でも10年間プロの世界で戦い続けた。

町野も藤本も遠野も小池も日高も、
下のカテゴリーにいた時から「自分はもっとやれる」と信じていた。

環境は変えられない。大事なのは、あなたが何をするかだけ。

そしてより良い環境に身を置く。

J3でも、JFLでも、地域リーグでも。

可能性は消えていない。

この5人が、それを証明しています。

あなたの参考になれば幸いです。

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