何が自分に合う仕事なのか。
正直、今でもわからない。
サッカー選手を引退してから、
人材派遣の営業、Webマーケティング、職人兼施工管理。
いろんなことをやってきた。
どれが「天職」かと聞かれたら、答えられない。
でも、ひとつだけはっきりしていることがある。
誰かの指図を受けて行動することほど、やりがいのないことはない。
これだけは確信している。
サッカーだけは「指図」じゃなかった

俺の人生で、最も熱量が高かった時期がある。
プロサッカー選手時代だ。
あっという間の10年間。
年俸が少なかろうが、それすら苦にならなかった。
24時間サッカーのことを考えていた。
酒を炭酸水に変えた。夜遊びの時間をストレッチ、セルフマッサージ、睡眠に変えた。
全部、自分で決めたことだ。
誰かに「酒をやめろ」と言われたわけじゃない。
「夜遊びするな」と命令されたわけでもない。
だから苦しくなかった。
試行錯誤する過程すら楽しかった。少しでもうまくなる感覚があった。
心理学に「自己決定理論」という考え方がある。
デシとライアンという心理学者が提唱した理論で、
人間が最もやる気を出すのは「自分で決めた」と感じている時だという。
自律性、有能感、関係性。この3つが揃った時に、人は最高のパフォーマンスを発揮する。
サッカー時代の俺は、まさにこの状態だった。
自分で決めて、自分で動いて、少しずつうまくなる実感がある。
チームメイトとの一体感もある。
指図じゃない。自分の意志だ。
だから10年間、走り続けられた。
営業は「自由」だった。だから楽しかった

サッカー選手10年目は、
地域リーグでサッカーをしながら仕事を始めた。
サッカーの結果が頭打ちになった頃、営業の面白さに気づいた。
人材派遣の営業だ。
受注件数が増えることが楽しくて、
気づけばサッカーよりも営業成績を伸ばすことの方に夢中になっていた。
新人時代は自由だった。
ノルマはあったけど、飛び込みと鬼電をすることで達成できた。
量をこなすと自然に結果がついてきた。
中小企業だったが、新人賞をもらった。
何十年と続く企業で、今まで該当者なしだった新人賞。俺が初めてもらった。
なぜ結果が出たか。
過程が自由だったからだ。
結果には口うるさく言われた。
でも「どうやるか」は自分で決められた。
サッカーと同じ構造だ。
ゴールは明確。でもそこに至るプロセスは自分で考える。
だから面白い。だから没頭できる。
管理職に上がった瞬間、すべてが変わった

わずか2年でスピード出世した。管理職になった。
自分でもよくやったと思う。
でも、そこからが地獄だった。
部長と呼ばれる人間が俺の上についた。
パワハラで有名な男だ。
いわゆるマイクロマネジメント。
結果なんてそいつにはどうでもよかった。
俺の過程にまで口を出してきた。
新人の教育のやり方。
部長のお抱えのお客様への営業方法。
報告書の作り方。
全部、指示通りにやれ。
あの瞬間、俺の中で何かが死んだ。
心理学に「心理的リアクタンス」という概念がある。
人は自由を制限されると、その自由を取り戻そうとして反発する心理が生まれる。
「それやるな」と言われると、むしろやりたくなる。
「こうしろ」と強制されると、反対のことをしたくなる。
俺の中で起きていたのは、まさにこれだった。
部長の指示に従うたびに、やる気が消えていく。
でも一つだけ、よかったこともある。
部長が紹介してくれたお抱えのお客様は、みんな役員クラスの方々だった。
彼らとの商談は面白かった。
少しでも数字で気に食わないことがあれば、論理的に詰めてくる。
「考えます」という少しの時間が通用しない相手だ。
派遣できる人手がいない状況でも、
余裕の表情で「いけます。そのかわり金額は高くなりますよ」と言い切る。
そこから人をかき集めるミッションが始まる。
やりますとハッタリをかましてから、どうにかする。
この能力は、この時期についた。
そしてできない時は、潔く謝る。
俺は300万円の投資詐欺に遭った人間だ。
詐欺師が平然と生きている世の中だ。
必死で相手のために行動している。
だから謝る時も自信を持って謝れた。
納期は人が決めたものだ。自然が相手じゃない。
だから必死でやるけど、無理だったら謝って代案を出す。これだけだ。
この経験で、人に対するビビりがなくなった。
挑戦できない人の多くは「どう思われるかな?」という恐怖に縛られている。
でも相手は人だ。自然災害じゃない。
謝れるし、代案も出せる。
管理職は罰ゲームだった

管理職のメリットは、給料が多少上がること。
デメリットは、それ以上の責任と仕事が増えること。
しかもその仕事は、どれも「そこまでやる意味あるか?」と感じるものばかりだった。
資料の誤字脱字チェック。
役員の前で使う資料にミスはダメだという風潮。
内容についてもアドバイスが飛んでくるが、50代の部長の思考は古くて全然刺さらない。
日経ビジネスの調査によると、一般社員の約8割が「管理職になりたくない」と答えているそうだ。
この数字を見た時、「だろうな」としか思わなかった。
管理職は罰ゲーム。
世の中の風潮を、俺は身をもって体感した。
まさに罰ゲームだった。
Webマーケティングは1ヶ月で辞めた

人材派遣を辞めて、次に飛び込んだのがWebマーケティングの会社だ。
「かっこいい」という理由でエントリーしたら受かった。
給料もそこそこ。しかも住みたい都市に会社あった。
でも実際にやってみて、すぐに合わないと感じた。
1ヶ月で辞めた。
仕事内容は、便通や痩身系サプリの動画広告を作ること。
動画のシナリオを書いて、社長に見てもらう。
OKが出たら、ようやく動画素材を撮って広告を作る。
この「社長に見てもらう」工程が地獄だった。
やり直しが多すぎる。
根拠を持ってシナリオを作っても、鶴の一声で変えられる。
ここまではまだいい。
問題はその先だ。
俺が作った広告じゃない。社長が変更をかけまくって、俺は人間版AIのように言われた作業をするだけ。
そして結果が出ない。でもそれが俺の成績になる。
100歩譲って、俺が考えてぶつけた広告で結果が出なかったなら、責任も取るし試行錯誤する。
でもそれができない。自分の頭で考えることすら許されない。
だから辞めた。
ここで気づいた。
俺は他人の指図がまじで嫌いだ。
だったら自分でやるしかない。
自由には責任が付きまとう。
でもその責任は、俺には取れる。
嫁にも言わず、1ヶ月で仕事を辞めた。
思ったらすぐ行動。これは昔から変わらない。
ブルーカラーに目をつけた理由

Webマーケティングの世界をもう少し見ても面白かったかもしれない。
でも直感的に思った。
AIの進化で、この需要はなくなる。
動画広告のシナリオなんて、AIが書ける時代がすぐ来る。
実際、今まさにそうなっている。
じゃあ逆に、AIに奪われない仕事は何か。
ブルーカラーだ。
現場で手を動かす仕事。
配管を通す、空調を設置する、建物の設備を管理する。
これはAIやロボットには簡単に置き換えられない。
しかも職人だけでは弱い。
施工管理になれば、自分で現場を仕切れる。
裁量がある。
自分で自由にできる余地がある仕事。
これが俺の判断基準だった。
そうやって、設備施工管理の会社に転職した。
職人は俺に合っていた

やってみてわかった。職人の世界は、俺に合っていた。
サッカーで培った逆算力がそのまま活きる。
「完成形」から逆算して、今日何をやるか決める。
サッカーで試合のゴールから逆算して練習メニューを組んでいたのと、まったく同じだ。
そして職人さんたちとのコミュニケーション。
職人は本能で生きている人が多い。
理屈より感覚。
段取りより気合い。
そういうタイプが現場にはたくさんいる。
でも俺はサッカーで20年以上、そういう人間たちとやってきた。
感覚派の選手と論理派の選手。
両方いる中で、チームとして戦ってきた。
さらに人材派遣時代に役員クラスに営業をかけていた経験がある。
論理的に詰めてくる相手とも、
本能で動く職人さんとも、どっちともうまくやれる。
全部の経験がつながった。
無駄な経験なんて、ひとつもなかった。
サッカースクールは「趣味」のようにやっている

会社員をやりながら、サッカースクールも始めた。
やっぱりサッカーが好きだ。仕事とは思えない。
今は趣味の一環としてスクールをやっている。
ここが大事なポイントだが、仮にお金がなくて、生活のためにサッカースクールをやっていたら、いい指導は俺にはできない。
俺の性格はわかってきた。
数字を目指すとストイックになりすぎる。
サッカースクールで一人の指導者が教えられる人数には限りがある。
せいぜい15人ほどがキャパだ。
これをお金を稼ぐことを目当てにすると、
一人で20人〜25人を見てしまうだろう。そのせいで指導の質は下がる。
それが嫌だから、今は趣味のようにやっている。
10人がちょうどいい。そう感じている。
これも「酸素の確保」と同じ構造だ。
会社員とブログで経済的な酸素を確保しているからこそ、サッカースクールではお金のことを考えずに、純粋に子どもたちと向き合える。
余裕があるから、いい指導ができる。
みんな自分が一番かわいい。これは俺も同じだ。
だからまず自分の生活を安定させる。
その上で、好きなことに全力を注ぐ。
この順番が大事なんだ。
全部やってみてわかったこと

いろいろやった。今は、それがしっくり来ている。
振り返ると、ひとつの法則が見える。
俺が楽しめる仕事には、共通点がある。
それは「過程を自分で決められること」だ。
サッカー:ゴールは「勝つこと」。
でもプレーは自分で考える。→ 楽しかった。
営業(新人時代):ゴールは「受注すること」。
でもやり方は自由。→ 楽しかった。
施工管理:ゴールは「現場を完成させること」。
でも段取りは自分で組める。→ 合っている。
サッカースクール:ゴールは「子どもの成長」。
指導方法は自分で考える。→ 趣味のように楽しい。
全部つながっている。
自己決定理論の「自律性」。
これが俺にとって一番大事な要素だった。
何の仕事が合うかはわからない。でもどういう条件なら自分が力を発揮できるかは、経験を重ねるとわかってくる。
「指図が嫌い」は弱さじゃないと思っている

「指図が嫌い」と言うと、わがままに聞こえるかもしれない。
協調性がないとか、社会人としてどうなんだとか。
でも違う。
俺は指図が嫌いなんじゃない。
自分の頭で考える機会を奪われることが嫌い。
チームプレーは大好きだ。
20年以上サッカーをやってきた人間だ。
でもチームプレーと指図は違う。
チームプレーは「目標を共有して、各自が考えて動く」こと。
指図は「俺の言う通りにやれ」だ。
この違いがわからない上司の下で働くと、人は壊れる。
どんなにサッカーで稼いだ人でも、サッカーがなくなると自分を見失う。
ひとつのことしかやってこなかった人は、それを失った時に何も残らない。
本当に強い人間は、いろんなことに手を出している人間だと俺は思う。
ヒロミと所ジョージの共通点
唐突だけど、俺の好きな芸能人はヒロミと所ジョージだ。
二人に共通しているものがある。
やりたいことを、やりたいようにやっている。
ヒロミは一度テレビの世界から離れて、そこから復帰した人だ。
干された時期に何をしていたか。
ジムの経営、リフォーム、DIY。
自分の手を動かして、自分の力で食っていた。
誰かに「戻してください」と頭を下げたんじゃない。
自分で動き続けた結果、また声がかかった。
しかもヒロミはDIYやリフォームを自分の手でやる。
設計から施工まで、自分で考えて自分で作る。
あの姿を見ると、俺がやりたい生き方そのものだと感じる。
所ジョージは、趣味を仕事にしている究極形だ。
車、バイク、DIY、音楽。
好きなことを全部やって、それが仕事になっている。
世田谷ベースという自分の城を持っている。
二人とも「やらされている」感じがゼロだ。
俺はこういう人生がいい。
自分のやりたいこと、やってみたいことを、自分の判断でやる。
こうやって新しいことを考えている時が、俺は一番生きている感じがする。
自由には責任が付きまとう。でもそれでいい

今、俺は三足のわらじを履いている。
会社員、ブロガー(ityariba.com)、サッカー指導者。
3つの仕事をしているのは、リスク分散だけが理由じゃない。
自分で選んだ仕事だけで生きていくためだ。
会社に不満があれば辞められる。
なぜなら他の収入源があるから。
この安心感が、仕事のパフォーマンスを上げてくれる。
17時の定時になったら、必ず帰る。
周りの目なんて気にしない。
帰ってからブログを書く。サッカーを教える。
これは「嫌なことから逃げている」んじゃない。
自分の時間を、自分の価値を上げるために使っている。
自由には責任が付きまとう。
ブログが伸びなくても、誰のせいにもできない。
サッカー指導で結果が出なくても、自分の責任だ。
でもそれでいい。
自分が考えて、自分が動いて、結果が返ってくる。
この構造の中にいる限り、俺は腐らない。
最後に

何が自分に合うかなんて、やってみないとわからない。
だから俺が言いたいことはシンプルだ。
いろんなことをしろ。
サッカーしかやってこなかった俺が、営業をやって、マーケティングをやって、職人をやって。全部やったから言える。
合わなかったらやめればいい。合ったら続ければいい。
やめることは負けじゃない。自分に合う場所を探す行動だ。
俺は4つの仕事を経験して、ようやく自分の性格がわかった。
恥ずかしがそれくらい自分を知るのに時間がかかった。
自分で決められる環境じゃないとダメ。
数字を追うとストイックになりすぎる。
だからサッカースクールは趣味のようにやる。
全部、やってみないとわからなかったことだ。
指図される人生は、もう選ばない。
やりたいことを、やりたいようにやる。
ヒロミのように、所ジョージのように。
行動×戦略。
思ったらすぐ動く。でも闇雲には動かない。
自分の頭で考えて、自分の足で進む。
それが俺のやり方だ。


コメント