先日、ある記事を読んだ。
元Jリーグ監督・北野誠さんが、ニトリでアルバイトをしていたという話だ。
50代半ば。30年間サッカーの現場に立ち続けた人が、
朝9時から14時まで家具を運び、ダンボールを開け、組み立てをしていた。
読んだ瞬間、胸がざわついた。
すごいと思った。
同時に、怖いと思った。
北野監督のニトリアルバイトに俺が感じたこと
北野誠監督は、女子サッカー(WEリーグ)の監督を務めていた。
シーズン途中、アウェイのビジターロッカールームでGMからこう告げられる。
「前々監督が戻ってくるので、契約は満了です」
一言だ。
たった一言で、来年の仕事がなくなる。
その後、北野監督は自分でサッカースクールを立ち上げた。
でも3ヶ月で生徒はわずか4人。貯金は減っていく。
だからニトリで働き始めた。
履歴書には「クラブ名」だけ書いて、面接では「サッカー関係の仕事をしていました」とだけ伝えた。元Jリーグ監督とは言わなかった。
この話を読んで、俺は二つのことを感じた。
一つは、北野監督の精神の強さへの敬意。
50を過ぎて、プライドを脇に置いて、生活のために動ける。
これは口で言うほど簡単じゃない。本当にすごいことだ。
でもう一つ、どうしても頭から離れない感情がある。
Jリーグの監督をしていたレベルの人でも、辞めたら収入源がない。
この現実だ。
監督ほど「勝利至上主義」になる理由がわかった

ここから先は、俺個人の考えだ。
この記事を読んで、ある構造が見えた。
監督ほど勝利至上主義になる。
なぜか。
答えはシンプルだ。勝たないとクビになるから。
クビになったら収入がなくなるから。
収入がなくなったら、
50代でニトリで家具を運ぶことになるから。
監督の収入は、勝敗に直結している。
勝てば契約延長。負ければ解任。
サッカー選手と同じだ。いや、選手以上にシビアかもしれない。
選手は複数年契約があることが多い。でも監督は、シーズン途中でも切られる。ロッカールームで一言告げられて終わりだ。
だから監督はオーナーに媚びを売る。
嫌でも売る。
自分の結果が収入になり、今後の経歴になり、次の仕事につながるから。
俺はプロ選手として10年間、この構造の中にいた。
選手の立場からも見えていた。監督が急に方針を変える瞬間。
オーナーや強化部の意向で、昨日まで言っていたことと真逆のことを言い出す瞬間。
あれは監督が信念を捨てたんじゃない。
自分の立場を守るために、そうせざるを得なかったんだと。
みんな自分が一番かわいい。
監督も例外じゃない。
北野監督は強い人だ。でもそれは「やせ我慢」でもある

北野監督の記事を読んで、強い意志を感じた。
おそらくこの人は、オーナーに媚びを売るタイプではないだろう。
自分の信念を曲げないタイプだ。
だからこそ、クビになったのかもしれない。
矛盾しているようだけど、サッカーの世界ではこれが現実だ。
信念が強い人ほど、切られやすい。
媚びを売れば生き残れることもある。でも北野監督はそれをしなかった。
その姿勢は尊敬する。
でも正直に言う。
強がっていても、その後にニトリで働く必要があるなら、それは「やせ我慢」だ。
誤解しないでほしい。ニトリで働くことを馬鹿にしているわけじゃない。
むしろ50代で行動できる北野監督を俺は心から尊敬している。
でも、そうならないための備えが必要だった、とも思う。
信念を貫くにも、酸素がいる。
経済的な余裕という酸素が。
俺がサッカー人生で確信したこと

俺はプロサッカー選手として10年間プレーした。
年俸120万円からスタートして、契約満了も経験した。
怪我も、監督に干される屈辱も味わった。
平均引退年齢26歳の世界で、大卒から約10年間戦い続けた。
その間に学んだ最も大事なことがある。
みんな自分が一番かわいい。
監督も、コーチも、トレーナーも、先輩も。
本当に自分のことを考えてくれる人は「常にそうでいられる人がいない」。
余裕がある時は助けてくれる。
でも余裕がなくなれば、自分を守ることで精一杯になる。
人命救助と同じだ。溺れた人を助けるには、まず自分が呼吸できて冷静でないとダメだ。まず自分の酸素を確保する。
酸素が十分にあるからこそ、他人にやさしくできる。
北野監督の記事を読んで、この考えが改めて確信に変わった。
監督でも選手でも「辞めたら終わり」の構造

FIFPro(国際プロサッカー選手会)の調査によると、
サッカー選手の38%がうつや不安障害を経験しているというデータがある。
俺の肌感覚でも、引退後に精神的に苦しむ同期は多い。
サッカー関係の仕事に就けた選手は少ない。
社会に出た人間に、精神的に疲れてしまう人が多い。
なぜか。
サッカー選手は本当にいい職業だったからだ。
好きなことをして、周りが喜んでくれて、ちやほやされて、それが収入に直結する。
そのギャップが、引退後に凄まじい。
サラリーマンになると、毎日同じ時間に出勤して、頑張っても給料は変わらず、仕事ができるようになると仕事を大量に振られる。
「みんなよくやってるな」と俺は本気で思った。そうはなりたくないと思った。
これは選手だけの話じゃない。
北野監督の記事を読んで、監督でも同じだと痛感した。
30年間サッカーの現場に立ち続けた人が、一言で職を失う。
次の収入源がない。だからニトリで働く。
選手も監督も、構造は同じだ。
ひとつの収入源に依存していたら、それが消えた瞬間に全てが崩れる。
だから俺は四足のわらじを履いている
俺は今、4つの収入源を確保している。
会社員、ブロガー(ityariba.com)、サッカー指導者。
そして個人投資家だ。
四足のわらじだ。
なぜか。
北野監督のような未来を避けるためだ。
いや、もっと正確に言う。
酸素を自分で確保するためだ。
会社をクビになっても、ブログがある。
ブログが伸びなくても、会社員の収入がある。
指導者の仕事が途切れても、他の3つがある。
どれか一つが消えても、残りの三つで息ができる。
心理学に「自己決定理論」という考え方がある。
人間が最もやる気を出すのは、「自分で決めた」と感じている時だ。
自律性、有能感、関係性。
この3つが揃った時、人は最高のパフォーマンスを発揮する。
逆に、「やらされている」と感じた瞬間、やる気は激減する。
ひとつの収入源しかなければ、そこにしがみつくしかない。
上司に言われるまま、オーナーに媚びを売るまま。
でも複数の収入源があれば、「自分で選んでここにいる」と思える。
この感覚が、仕事のパフォーマンスも、人生の満足度も、全部変えてくれる。
「強がる」ことと「強い」ことは違う

北野監督は強い人だと思う。
信念を曲げない。オーナーに媚びを売らない。
50代でニトリのバイトに行ける行動力がある。
でも俺は思う。
本当の「強さ」は、信念を貫き続けられる環境を自分で作ることだ。
信念を貫いてクビになって、生活に困る。
それは「強がり」だ。
信念を貫いてクビになっても、他の収入源があるから平気。
それが「強さ」だ。
行動経済学に「損失回避バイアス」という考え方がある。
人は利益を得る喜びよりも、損失を被る痛みの方を約2倍強く感じる。
だから人は、失うことを恐れて、本心と違う行動を取ってしまう。
監督がオーナーに媚びを売るのも、会社員が定時で帰れないのも、根っこは同じだ。
失うことへの恐怖が、自分の行動を支配している。
この恐怖を薄める唯一の方法が、「失っても大丈夫」な状態を作ることだ。
複数の収入源。複数のアイデンティティ。ひとつに依存しない生き方。
これが、本当の意味で「強い」人間になるための条件だと、俺は思っている。
最後に

北野誠監督のニトリでの経験は、本当にすごいことだ。
プライドを脇に置いて、生活のために動く。
50代で人生初のアルバイトに挑む。
スクールの保護者に見つかっても気まずさを乗り越える。
その行動力と精神力には、心から敬意を表する。
でもこの記事を読んで、俺が一番強く感じたのは別のことだ。
Jリーグの監督でさえ、辞めたら収入源がない。
この事実が、俺の中にある「複数の収入源を持て」という確信をさらに強くした。
みんな自分が一番かわいい。これは悪口じゃない。人間の本質だ。
だからこそ、まず自分の酸素を確保しろ。
酸素があるからこそ、信念を貫ける。
酸素があるからこそ、他人にやさしくできる。
酸素があるからこそ、本当の意味で「強い」人間になれる。
行動×戦略。
北野監督のように行動する力と、収入源を分散する戦略。
この掛け算が、サッカーの世界でも、会社でも、人生でも、自分を守る唯一の武器だ。
少なからず俺はそう思っている。


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