サッカーで大学進学予定の選手の保護者から、よく質問される。
寮に入れた方がいいですか?
それとも一人暮らしをさせた方がいいですか?
俺の答えは明確だ。一人暮らしをさせた方がいい。
ただし、その理由を話すと少し長くなる。
そして、正直に言えば綺麗な話じゃない。
高校と大学はまったく違う場所だ

まずこれだけは言っておきたい。
高校と大学は、まったく別の場所だ。
高校は規律を覚える場所だ。
先生がいて、監督がいて、寮なら寮長がいて、
何時に起きて何時に寝るかまで決められている。
門限がある。
掃除当番がある。
携帯を没収されることもある。
それでいい。高校はそれでいいと俺は思う。
10代の人間に必要なのは、まず「型」を身につけることだ。
規律の中で生活する経験が、人間としての土台を作る。
でも、大学は違う。
大学は自由の怖さを知る場所だ。
誰も起こしてくれない。
誰も叱ってくれない。
授業に行かなくても誰も何も言わない。
夜中まで遊んでいても、朝まで飲んでいても、誰にも怒られない。
高校までは「やれ」と言われていたことを、大学では全部自分で判断しなきゃいけない。
この「自由」は、思っているより怖い。
自由の中で自分を律する力がないと、人間は簡単に堕落する。
俺はそれを身をもって経験した。
月8000円で過ごした初めての一人暮らし

俺は大学で一人暮らしを選んだ。
というか、寮費が高すぎて親から猛反対をくらった。
大学サッカーにいくなら、予算は月6万円。
残りは自分で考えろと言われた。
高校を卒業して、サッカーで大学に進学した。
強豪校とは言えないけど、部員数は260人いたし、毎年プロ選手を輩出している大学だった。
6万円から家賃と光熱費を払って残りが俺の生活資金になる。
月8000円が食費や自由のお金として残った。これだけだ。
電車代、洋服代、外食費、
それ以外のものは全部自分で捻出しなきゃいけなかった。
必然的にバイトをしないと生活が回らない状況だった。
他の人よりも苦しい状況だったかもしれない。
でも今思えば、一つだけ親に感謝していることがある。
奨学金を借りなかったことだ。
正確に言えば、借りたらダメだと親から忠告されていた。
当時は「なんで?みんな借りてるのに」と思っていた。でも今ならわかる。
あれは借金だ。
周りの選手はみんな借りていた。
そしてそのお金でパチンコに行き、クラブに行き、夜遊びに使っていた。
それはそうだ。苦労して稼いだ金じゃないから、使い方が雑になる。
しかも学生なんて無知だ。
ましてやサッカーしかしてこなかった人間だ。
お金の価値なんてわかっていない。
俺の親は、それをわかっていたんだと思う。
バイトをしたくなかった半年間

ここからが地獄の話だ。
大学1年の最初の半年、俺はバイトをしなかった。
理由は単純だ。
一日中サッカーをしてプロになるのに、
働いている場合じゃないと思い込んでいた。
バイトをする時間があるなら、その分ボールを蹴った方がいいと。
これが「自由の怖さ」だ。
高校までなら、先生や親が「あれしろ」「これしろ」と言ってくれた。
でも大学では誰も言わない。
自由だからだ。自分で判断するしかない。
そして俺は、間違った判断をした。
月8000円でやりくりしていた。プロを目指す人間がだ。
おかしいだろ? と思うかもしれないけど、本当の話だ。
食事は親が品物を仕送りしてくれていた。
レトルトや米、缶詰。それでどうにかしのいだ。
でもアスリートが月8,000円で生活するなんて、まともな栄養が取れるわけがない。
練習の質も落ちる。
体が動かない。
でも金がない。
この生活を3ヶ月ほど続けた時、俺の思考は完全に変わっていた。
犯罪者の思考になった

大げさに聞こえるかもしれない。でも事実だ。
どうしたら今日一日を生きられるか。
それしか考えられなくなっていた。
明日の食事をどうするか。
電車賃をどう捻出するか。
頭の中はそれだけだ。
サッカーのことを考える余裕すらなくなっていた。
自由の中で、自分を見失った。
高校の寮にいた時は、こんなことにはならなかった。
食事は出てくる。
電車賃も必要ない。
管理された環境の中で、サッカーだけに集中できた。
でも大学は違う。自由という名のもとに、全部自分で背負わなきゃいけない。
そしてその自由に、俺は押しつぶされた。
親には、うまくいっている自分を演じていた。
月に一回くらい、自分から電話をかけて、明るく今の状況を話していた。
「元気だよ」「サッカー頑張ってるよ」と。
ここが重要なポイントだ。
子どもが弱音を吐かない時は、何か裏がある。
強がっているケースが多い。
特に男は、親に心配をかけたくないという気持ちが強い。
電話で「大丈夫」と言われても、それを鵜呑みにしない方がいい。
だから俺は保護者に伝えたい。
自分の目で見に行け。
子どもの言葉だけを信じるな。
実際に生活している場所を見に行け。
それが親にできる一番大事なことだ。
自転車を盗んだ

毎日を極貧で過ごす中で、俺は電車代を節約する方法を考えた。
自転車で行けばどうにかなる。片道15キロくらいだ。「トレーニングも兼ねて」とか理由をつけて、自転車で通うことにした。
でも、自転車を買う金なんてない。
俺は、自転車を盗んだ。
窃盗だ。犯罪だ。
言い訳のしようがない。
それから3ヶ月、その自転車を乗り回した。
毎日の練習に、買い物に、どこに行くにもその自転車だった。
最終的に、警察に捕まった。
その自転車の持ち主は、中国人留学生の方だった。
今振り返ると、本当に申し訳ないことをした。
その人にとって、自転車がどれだけ大事なものだったか。
生活の足だったかもしれない。
でも当時の俺の思考は壊れていた。
「借りているだけだ」
「返すつもりだった」
「だから俺は悪くない」
と本気で思っていた。
これが、追い詰められた人間の思考だ。
自分を正当化して、罪の意識を消す。
今思えば、投資詐欺の加害者が「自分も被害者だ」と言い張るのと同じ構造だった。
自由が人を壊す瞬間を、俺は自分自身で体験した。
親父は何も言わなかった

警察に捕まって、親に連絡が行った。
相当怒られると思った。覚悟していた。
でも父親は、無言で遠方から身元を引き取りに来た。
夜が明けて昼になっていた。
長い時間、待たされていた俺を、父親は何も言わずに迎えに来た。
説教もしなかった。怒鳴りもしなかった。
その足で、親父はこう言った。
「腹減っただろ」
そして回転寿司に連れて行ってくれた。
その瞬間、俺は自分がやったことの重大さに気づいた。
怒られた方がまだ楽だった。
怒鳴られれば、反発できる。
言い訳もできる。
でも無言で来て、何も言わずに寿司を食わせてくれる親父の姿に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
この人は、こうやって俺を育ててきたんだ。
何も言わなくても、行動で示す。
俺が間違ったことをしても、まず腹を満たしてくれる。
その上で、自分で気づくのを待っている。
お金と親へのリスペクトが、ここで形成された

あの経験が、俺のお金に対する向き合い方を根本から変えた。
金がないことは、人の思考を壊す。
追い詰められると、普段なら絶対にやらないことをやってしまう。
「借りてるだけ」「悪くない」
と自分を正当化する思考が、自然に生まれてくる。
だからこそ、お金と向き合うことから逃げちゃいけない。
そしてもう一つ。親へのリスペクトだ。
あの時の父親の行動は、一生忘れない。
怒るのは簡単だ。
でも何も言わずに迎えに来て、飯を食わせてくれた。
あれが本当の愛情だった。
あの日から、俺は変わった。
サッカーは変わらず必死でやった。
それに加えて、無理のない範囲でバイトも始めた。
自分の生活を自分で支える。
当たり前のことを、当たり前にやるようになった。
寮では経験できなかったこと

もし俺が大学で寮に入っていたら、この経験はなかった。
寮は確かに安全だ。
基本的な生活費は直接払うから、子どもが変な使い方をする心配も少ない。
親にとっては安心だと思う。
金額は高いけど、子どもの安否は確認できる。
でも、寮にいたら俺は「自由の怖さ」を知らないままプロになっていた。
寮は高校の延長だ。管理された環境で、決められたルールの中で生活する。
それは規律の世界であって、自由の世界じゃない。
大学は本来、自由の中で自分を試す場所だ。
月8,000円で生きる苦しさ。
追い詰められた時に人間がどう壊れるか。
親のありがたさ。
自分で生活を回すことの大変さ。
全部、一人暮らしでしか学べなかったことだ。
苦しくて、苦くて、情けない経験だった。
でも時が経っても、あの時のマインドチェンジは鮮明に記憶に残っている。
保護者の方へ

だから俺は、寮よりも一人暮らしをすすめる。
高校までは規律でいい。
管理された環境で、型を覚えさせてくれ。
それが土台になる。
でも大学は違う。
大学では自由の中に放り込んでやってほしい。
自由がどれだけ怖いものか。
管理されていないとき、自分はどういう判断をする人間なのか。
それを知ることが、大学で得られる一番の学びだと俺は思う。
ただし、条件がある。
放っておくな。
一人暮らしをさせるなら、定期的に見に行け。
電話だけで安心するな。
子どもが「大丈夫」と言っている時こそ、何か隠している可能性がある。
そして、奨学金は慎重に考えてほしい。
あれは借金だ。18歳の子どもに数百万円の借金を背負わせることの意味を、よく考えてほしい。
一人暮らしは、間違いなく子どもを成長させる。
料理、洗濯、掃除、金の管理。
全部自分でやらなきゃいけない。
その経験は、サッカーの世界でもその後の人生でも必ず活きる。
でも、成長には痛みが伴う。
その痛みが取り返しのつかないものにならないように、親が見守ることが大事だ。
最後に
俺は大学時代に自転車を盗んだ。
これは一生消えない事実だ。
書くかどうか迷った。でも書くことにした。
なぜなら、この経験があったから今の俺がいるからだ。
高校は規律を覚える場所だった。
大学は自由の怖さを知る場所だった。
規律だけでは人は強くなれない。
自由の中で失敗して、痛みを知って、初めて自分の足で立てるようになる。
お金の大切さ。
親のありがたさ。
追い詰められた時の人間の弱さ。
そして、何も言わずに寿司を食わせてくれた親父の背中。
全部、あの一人暮らしの地獄から学んだことだ。
寮に入っていたら、俺はもっと甘い人間のままだったと思う。
もし今、大学進学を控えた子どもがいる保護者の方がこの記事を読んでいるなら、伝えたい。
高校では規律を叩き込め。
そして大学では、自由の中に送り出してやれ。
でも、放っておかないでほしい。
子どもは強がる。特に男は。
だからこそ、親が動け。見に行け。
自分の目で確かめろ。
それが、子どもを守りながら成長させる、一番の方法だと俺は思う。

コメント