小川航基って何が凄いの?
プレースタイルは?経歴は?
挫折を乗り越えたって本当?
そのような疑問を抱えている人が
この記事に行きついているのではないでしょうか。
結論から言うと
苦悩を乗り越え覚醒した男
それが、小川航基選手です。
転機となったのは、
2022年横浜FCでのシーズンです。
結果として
- J2リーグMVP
- J2リーグ得点王
- J2リーグベストイレブン
個人3冠を達成しました。
自己紹介↓

この記事を読むことで
・小川航基の凄さについて
・経歴と挫折について
・妻の存在
・そして覚醒
について理解することができます。
それでは解説していきます。
小川航基・プロフィール
名前:小川航基(おがわ こうき)
生年月日:1997年8月8日
出身地:神奈川県横浜市
身長 / 体重:186cm / 80kg
ポジション:FW
利き足:右
所属クラブ:NECナイメヘン(オランダ)
背番号:18
日本代表歴
- A代表:9試合9ゴール(2026年2月)
- 世代別:U-18〜U-21(東京五輪世代)
日本代表では、
9戦9ゴールを存在感を発揮しています。
まだ、上田綾世の二番手の立ち位置ですが
必要不可欠な存在です。
愛用のスパイク
愛用のスパイクは
ナイキ「ティエンポ」シリーズです。
スパイク サッカー ナイキ ティエンポ レジェンド 10 プロ AG TIEMPO LEGEND PRO AG-PRO シューズ 人工芝用 サッカースパイク 固定式 DV4334-400 NIKE
- 天然皮革のような柔らかさ
- 足当たりが良く、シュートの安定感
- 横幅が広めで日本人向け
ポストプレー・シュート精度を重視するFWに最適な一足です。
東京五輪世代の“絶対的エース”だった
18歳の頃から世代別日本代表のエースとして
圧倒的な評価を得ていました。
2019年には、
E-1選手権に出場する日本代表に初選出されました。
デビュー戦の香港戦でハットトリック
(1試合3得点)
という衝撃も残しています。
当時は誰もが
「東京五輪のエースは小川航基だ」
と思っていました。
しかし、運命は、残酷でした。
キャリアを狂わせた大怪我
2017年U-20W杯での出来事です。
- 左膝前十字靭帯断裂
- 半月板損傷
アスリートにとって致命的とも言える大怪我を負ってしまいます。
直近では、南野拓実選手が
同様の怪我で離脱をしています。
この怪我をきっかけに
復帰後も思うようにプレーできず、長いスランプに突入してしまいます。
結果として、
東京五輪のメンバーからも落選。
「東京世代No.1ストライカー」は、
一度“過去の人”のように語られる存在になりました。
J2での覚醒
転機は、2022年シーズン
横浜FCに完全移籍を決断します。
結果的に
J2リーグで41試合26ゴール。
- 月間MVP:3回
- 個人3冠
- 文句なしのJ2最強FW
誰の目にも明らかな
“完全復活”
そして覚醒のシーズンとなりました。
プレースタイル
スタイルは、
いわゆる“万能アタッカー”ではなく
「ゴールのために生きるFW」
いわゆるストライカーと呼ばれる、
ゴールに全てを捧ぐタイプです。
主な特徴
- 抜群の得点感覚
- ポストプレーの上手さ
- 裏抜けのタイミング
- 右足・左足・ヘディングすべて高精度
特に輝くのは、
ペナルティエリア内でのポジショニングです。
緻密なポジショニングは、
常にゴールを逆算した動きになっています。
また、現代サッカーで得点量産をするには
クロスからの得点が多いことが必須になっています。
少ないタッチで、
確実に“枠内”へ飛ばす能力は日本屈指です。
憧れはレバンドフスキ
理想とする選手は、
ロベルト・レバンドフスキとのことです。
「どんな形でも点を取れるストライカー」
まさに、
ゴールに特化したFWとしての特徴を持っています。
支えとなった“妻の存在”
小川航基の覚醒を語る上で、
欠かせないのが妻の存在ではないでしょうか。
- 高校時代の知人の紹介で出会う
- 大怪我のリハビリ期間を献身的に支える
- オランダ移籍後も家族で帯同
SNSでは
「奥さん美人」
「理想の夫婦」
「憧れの関係」
と評されることも多く、
精神的な安定がパフォーマンス向上につながった
ことは間違いありません。
小川航基の経歴
小学生時代
3歳年上の兄の影響で、サッカーを始めます。
小学生の時は、太っていたそうで
得意なプレーは、
ロングキックだったとのことです。

小学生あるあるですね。キック力があると通用する感覚があります。
- 横浜港北SC(小学生)
- 大豆戸FC(中学生)
- 桐光学園高校(高校生)
中・高年代
中学生になると、プレーの幅も広がり
一気に注目を集める存在になっています。
そして、Jクラブや強豪校からオファーがある中で
選んだ進路が、桐光学園高校でした。
3年生になると
超高校級と呼ばれる存在になります。

人気サッカー系youtuberリゼム:タカのジュビロ磐田入団は、小川航基次第だった話は有名です。
キャプテンとしてチームを全国大会に出場させ
自身もU-18日本代表に選出されるなど
充実した高校年代を過ごしています。
プロ加入後
プロ加入してから
苦しい時期を長く過ごすことになります。
ジュビロ磐田
↓
水戸ホーリーホック(レンタル)
↓
ジュビロ磐田(復帰)
↓
横浜FC(完全移籍)
ジュビロ磐田入団
鳴り物入りでジュビロ磐田に入団します。
在籍した、6年間で11ゴール。
J1では、わずか1ゴールと苦しみます。
磐田時代の成績
・2016:0試合0ゴール
・2017:5試合0ゴール
・2018:13試合1ゴール
・2019:5試合0ゴール
レンタル復帰
・2020:32試合9ゴール(J2)
・2021:24試合1ゴール(J2)
水戸から復帰後の2020年シーズンは、
9ゴールと片鱗を見せます。
しかし、翌2021年シーズンは、
ルキアンの控えに回り結果を残せませんでした。
横浜FC移籍
2022年に横浜FCへの移籍を決断します。
結果として
横浜FCでの戦績
・2022:41試合26ゴール(J2)
・2023:15試合6ゴール(J1)
と結果を残し、J1でも
ハーフシーズンで6ゴールを結果を残しました。
この活躍が認められ
2023年7月にNECナイメヘンに移籍が実現しています。
欧州でも“点が取れるFW”であることを証明中です。
海外移籍:NECナイメヘン(オランダ)
NECナイメヘン(オランダ)では
初年度から二桁得点と大爆発をしています。
- 2023-24:31試合11ゴール
- 2024-25:24試合7ゴール
欧州でも“点が取れるFW”であることを証明中です。
チームメイト↓
・佐野航大
・塩貝健人(ヴォルフルブルク移籍)
まとめ
今回は、小川航基についてまとめました。
まとめると
- 挫折を乗り越え覚醒
- 妻の存在
- 上手
- 巧さ
- ゴールへの執念
すべてを備え、挫折を乗り越えたストライカーです。
東京五輪の悔しさは、
W杯で晴らすしかありません。
彼のストーリーを知ると、
日本を救うゴールを想像できます。
最後まで読んでただきありがとうございます。







コメント