どうも、いちゃりばです。
今回は、サッカーを辞める決断をした時の心境を話したいと思います。
よく、「サッカー選手を10年してました」と言うと
「10年もお金をもらって、すごいですね」
と言われます。
もちろん、社交辞令だと思いますが
正直、僕の中では「10年続けた」よりも
「引き際をわかってなかった」
という方が圧倒的に大きかったです。
自己紹介↓

この記事を読むことで
- サッカーを辞めるか迷っている選手
- 価値を直視することで辞めどきがわかる
- 年齢・将来・お金に不安を感じているアスリート
- 「このまま続けていいのか?」と感じている人
に向けて、参考になるはずです。
僕が10年間サッカーを続け、
最後に引退を決断した時のリアルな心境
を包み隠さず伝えていきます。
「まだ俺はやれる」が常に頭の片隅にあった

サッカーを辞められない理由に
「まだ俺はやれる」
という思考が常に頭の片隅にありました。
正直、辞める選択肢は毎年ありました。
・契約満了2回
・地域リーグへの移籍
・サッカーと仕事の両立(3年)
てな感じで、10年間を振り返っても濃いなと思います。
本来であれば、
「チームから契約を切られた=引退」
要するに
活動できるチームがないなら引退という流れが自然です。
しかし、今は若干違います。
- Jリーグ以外にも
- 地域リーグ、社会人サッカー
- お金をもらいながら続けられる環境
正直、サッカーにすがろうと思えば、
いくらでも続けられる時代になっています。
この状況が、
「まだ俺にはできるのではないか」
「サッカーでお金を稼げている」
「もう少し続けてみよう」
で気づけば10年サッカー選手をしていた流れになります。
僕自身、最後の約3年間は地域リーグでプレーをしました。
サッカーをしながら、
少しお金をもらって仕事をかけもつ生活です。
そんな生活をしながら
サッカーに向き合う生活もそれはそれで楽しかったです。
でも同時に、
サッカーの辞めどきって難しいなと感じていました。
心の奥では、
辞めどきを探している自分がいた
のを覚えています。
年齢とともに確実に減っていく「価値」

特に、年齢を重ねるごとに
「価値」がなくなっていく感覚を味わいました。
サッカーに限らず、
アスリートの世界はシンプルだと思います。
- 若ければ若いほど需要がある
- 年齢を重ねるほど「本物」しか残れない
これは残酷ですが、
一方で、感動を与えられる要素だと感じています。
そうなると「価値」を見出そうと必死で取り組みました。
この感覚は今振り返っても
悔しく・惨めだなと思います。
- プレーで表現できなくなった
- 背中でチームを引っ張れる感覚がない
そうなった時に↓
- 声でチームを鼓舞
- 練習に取り組む姿勢
- 周りを巻き込む立ち振る舞い
多くのベテラン選手が、
経験値に価値を見出そうとすると思います。
試合に出れなくても
「やれることはある」的な発想です。
しかし、この立ち振る舞いは、
プレーが伴って初めて
チームに影響を与えることを知りました。
「価値」は作るものではない

この経験から分かったことは
「価値」は作れるものではないということです。
結論から言うと
「価値」は周りが付けるものです。
作りにいこうとする「価値」は
結局、「価値」にはならない。
ここで、反論が出るかと思います。

ベテランの経験は、価値になるのでは?
そのような意見もわかります。
しかし、
それは試合に出ている選手が言うから「価値」になります。
例えは、
・声を出す
⇨若手でもできる
・練習に取り組む姿勢
→若手でもできる
・周りを巻き込む
→プレーが伴えばできる
てな感じです。
一方で本質的な価値とは↓
・公式戦の中でチームを落ち着かせる声かけ
・練習が試合に直結することを背中で見せる
・その結果が周りを巻き込む
要するに
「サッカーをプレーする」
この本質的な土台があってこそ
経験(ベテラン)という付加価値がつきます。
プレーが全て
僕が行き着いた、最後の悪あがきが
どうにか「価値」を示したいでした。
FWとして得点がとれない状況の中で
僕がやっていたことが↓
- 声を出す
- 経験を語る
- 周りを鼓舞する
でも、プレーが伴っていない現実がありました。
俯瞰して自分の状況をみた時に、
「監督にゴマをすっている選手」
そんな風に見られている自分が想像できました。
その瞬間、僕の中で答えが出ました。
プレーで表現できない選手は、
潔く引退するべきだと…
自分への誠実さだったと今では思っています。
決定打は「目指すもの」が見つかった
もう一つ引退を決断した大きな理由があります。
それが、
サッカーより、営業の方が楽しくなったことです。
引退する最後の年は
- サッカー
- 仕事(営業)
を両輪で回す生活をしていました。
正直、めちゃくちゃキツかったです。
でも、サッカー選手として
目に見える成長が実感できなかった中で
- 行動すれば
- 行動した分だけ
- 数字として結果が返ってくる
この分かりやすさが、
サッカーとは真逆で、ものすごく新鮮でした。

あ、俺はもう次のステージに行ってるなって感じました。
「もう目指す場所がない」それがきつい

サッカー選手をしていて
最もキツかったことが、
「目指す場所がない」ことでした。
- ワクワクしない
- 這い上がるイメージが湧かない
- モチベーションが上がらない
こうなった時、無理に自分を奮い立たせても、
心は正直なので、
湧き上がる情熱がなかったことが苦しかったです。
その中で、
僕の経験で、一つだけ誇れるのは、
「カラカラになるまでやり切ったこと」
心の自分が、「お前ほどやってダメなら、もう納得だよな」
そう言えるところまでやったからこそ、
後悔はないのかもしれません。
引退後に後悔しなかった理由
ここは、あえて現実的な話をします。
僕は現役時代からお金を管理し、
- 20代で貯金1,000万円
- 引退時には2,000万円超
この状態を作っていました。
だからこそ、
- お金のためにサッカーを続ける
- 不安から辞められない
という状況に陥らず、
純粋に「好き」でサッカーと向き合えたと思っています。
結果として、
カラカラになるまでサッカーと向き合えました。
これから引退を考える人へ

もし今、
- 辞めるか迷っている
- 不安で動けない
- 次の道が見えない
なら、いきなり答えを出す必要はありません。
個人的には、自分を知る時間が必要でした。
「メタ認知」ってやつです。
メタ認知とは、「自分が認知(考えている・感じている)していることを客観的に把握すること」です。
https://www.kaonavi.jp/dictionary/metacognition/
その中で僕がオススメなのが、
ジャーナリングです。
詳しいやり方は、↓のブログ記事で解説しています。
- サッカー以外で「数字が出る経験」をしてみる
- ジャーナリングで価値観を言語化する
こうした行動が、
次の人生のヒントになったなと個人的には感じています。
まとめ
今回は、サッカーを引退する時の心境についてまとめました。
まとめると
- 「価値」はプレーと比例する
- 辞めどきは、目的地がなくなった時
- ジャーナリングで自分を知る
サッカー選手ってやっぱり凄い。
これは、実際に自分がやっていて
その経験の中で、社会に出たからわかります。
サッカーに人生を捧げたあなたなら、
次のステージでも必ず戦えます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。



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