そう思ったのは、試合が終わった帰り道だった。
悔しくなかった。
清々しくもなかった。
ただ、「ああ、終わったな」という感覚だけがあった。
サッカー選手を辞めるって、もっとドラマチックなものだと思ってた。
泣きながらスパイクを脱ぐとか、最後の試合でゴールを決めるとか。
現実はそんなもんじゃない。
俺の場合は、成り上がるモチベーションが限界だった。
サッカーも頭打ちになっていて、同時に働いていた会社の営業が面白くなってきていた。
複数の理由が重なって、気づいたら「辞める」という選択肢が目の前にあった。
この記事では、俺がサッカー選手を辞める決断をした時に本当に思っていたことを、全部話す。
カッコいい話じゃない。でも、同じように「辞める」か「続ける」かで悩んでいる人がいるなら、少しでも参考になればいい。
10年間、何を守ってきたのか

俺はプロサッカー選手として、大卒から約10年間プレーした。
Jクラブからスタートして、JFL、地域リーグ、
最後は社会人リーグで働きながらプレーしていた。
平均引退年齢が26歳と言われるこの世界で、10年間続けたことは自分でも誇りに思っている。
でも正直に言うと、その10年間は波乱しかなかった。
契約満了を言い渡された日
シーズンが終わって、GMに呼ばれた。
「来季の構想に入っていない」と言われた。
頭が真っ白になった。
契約満了って、要するに「いらない」ということだ。
クラブから「あなたは必要ありません」と面と向かって言われる。
会社で言えばクビだ。
しかもサッカー選手の場合、次の就職先を自分で見つけないといけない。
ハローワークに行っても「FW募集」なんて求人はない。
怪我で動けなかった日々
グラウンドでみんなが走っているのを、リハビリ室から眺める。
焦る。でも体は動かない。
「このまま戻れなかったらどうしよう」という恐怖と毎日戦っていた。
怪我している選手って、チームの中では透明人間みたいな存在になる。
試合に出られない選手に、誰も興味がない。
それが現実だった。
監督から干された時期
これが一番きつかった。
ただ、監督の構想に入っていないだけ。
練習には参加する。でも試合のメンバーには入れない。紅白戦ではサブ組。
「何が足りないんですか」と聞いても、明確な答えは返ってこない。
あの時期に学んだことがある。
みんな、自分が一番かわいい。
監督もコーチもトレーナーも先輩も、本当に自分のことを考えてくれる人は「常にそうでいられる人がいない」。
これは悪口じゃない。事実だ。
どんなにすごい人でも、余裕がなくなれば周りを救えなくなる。
人命救助と同じだ。溺れた人を助けるには、まず自分が呼吸できて冷静じゃないとダメだ。自分の酸素を確保してから、初めて人を助けられる。
サッカーの世界でも、会社でも、これは同じだった。
監督だって自分のクビがかかっている。
勝てなければ解任される。
だから自分が生き残るための選手起用をする。
それは当然のことだ。
でもその「当然」の中で、選手は使われるだけ使われて切られることがある。
自分を守れるのは、自分しかいない。
この真実に気づくまでに、俺は何年もかかった。
「守備をしろ」と言われ続けたFWの話

俺のポジションはFW。
点を取るのが仕事だった。
でもプロの世界では、FWにも全力で守備が求められる。
「FWでも守備をしないと上には行けない」
何度も言われた。当時は素直に「そうか、守備もやらなきゃ」と思っていた。
でも今ならわかる。
あれは監督が失点を減らして、チームの勝率を上げたかっただけだ。
FWの一番大事な仕事は点を取ること。これは不変の真理だ。
3失点しても4点決められるFWがいたら、そいつを使う。
鹿島アントラーズのレオセアラのような選手がそれにあたる。
しかも、そういう選手が少し守備をするだけで、さらに評価が上がる。
つまり、まず自分の武器で圧倒的な価値を出すことが先。
その上で守備もやれば、評価はもっと上がる。
順番が逆だった。
多くの選手が「監督に好かれたい」と思っている。
会社員が社長や部長に好かれたい心理と同じだ。
その気持ちはわかる。俺もそうだった。
でも「好かれたい」が先に来ると、自分の軸がなくなる。要求されたことだけをやる選手になる。
要求されたことだけをやる選手は、替えが効く。
替えが効く選手は、切られる。
大事なのは、自分の頭で考えること。
チームのために走ることと、自分の価値を高めることは矛盾しない。ちょうどいいバランスを見つけて、自分の価値を上げる取り組みから逃げずに向かっていく。
チームが勝って優勝すれば自分の価値が上がるパターンもある。チームを否定したいわけじゃない。
ただ、「まわりと協力し合うことは大事」と「自分の価値を自分で守ること」は、別の話だ。
協力はする。でも依存はしない。
この境界線を、俺は10年かけてようやく理解した。
「プレー以外で価値をつくれ」に感じた違和感

引退が近づいてくると、周りからこんなことを言われるようになる。
正論だ。正論だとわかっている。
でも俺は、この言葉にずっと違和感があった。
自分の価値をプレー以外でつくることは、違うと思った。
サッカー選手がサッカーで勝負しなくてどうする。
もちろん、チームの雰囲気を良くするとか、若手の面倒を見るとか、そういうことも大事だ。
でもそれは、プレーで結果を出している人間がやるから意味がある。
試合に出られない選手が「ムードメーカー」として生き残ろうとする姿を何度も見た。
それを否定はしない。
生き残るための戦略として正しいかもしれない。
でも俺は、それは自分を騙しているように感じた。
サッカー選手としてピッチに立って、ゴールを決める。それが俺の価値だ。
その価値を出せなくなった時が、辞める時だと思っていた。
そして、その時が来た。
サッカーは頭打ちだった。
自分の伸びしろが見えなくなりギラギラしたモチベーションがなくなった。
同時に、人材派遣会社で働きながらプレーする中で、営業で受注を取ることが面白くなっていた。
動いた分だけ結果が出る世界。
サッカーで培った体力と行動力がそのまま活きる。
初年度に新人賞を取った。
社員300人くらいの会社で、正直に言うと簡単だった。
「ああ、サッカー以外にも自分が勝負できる場所があるんだ」
この実感が、辞める決断の最後のひと押しになった。
辞めた後に襲ってきたもの

辞める決断自体は、意外と静かだった。
でもその後が大変だった。
「サッカー選手」でなくなった自分が、誰かわからなくなった。
20年以上「サッカーをしている人間」として生きてきた。
自己紹介で「サッカー選手です」と言えなくなった時、自分が空っぽになった気がした。
これは俺だけじゃない。
同期入団した選手たちも、ほとんどが引退する年齢になった。
周りの選手で精神的に疲れてしまう人が多い。鬱になる選手も実際にいる。
FIFProの調査では、サッカー選手の38%がうつや不安障害を経験しているというデータがある。
サッカー関係の仕事に就いた選手は少なく、社会に出た人間に精神的に苦しむ人が多い。
これは俺の肌感覚だけど、間違っていないと思う。
サッカー選手はまじでいい職業だった。
好きなことをして、周りが喜んでくれて、ちやほやされて、それが収入に直結する。
でもそのギャップが、引退後に凄まじい。
サラリーマンになると毎日同じ時間に出勤する。
頑張っても給料は変わらない。
「みんなよくやってるな」と思った。
そうはなりたくないと思った。
自分の酸素を確保するということ

俺が辞める決断をした時に一番思っていたこと。
自分を守るのは自分しかいない。
まわりと協力し合うことは大事だ。
チームスポーツをやってきた人間だから、それは誰よりもわかっている。
誰かに助けを求めるだけの人間は、搾取される。
自分の軸がない選手は、使われるだけ使われて切られる。
これはサッカーの世界だけの話じゃない。会社でも同じだ。
人材派遣の営業をしていた時にも感じた。
自分が信頼を築いて価値を生んでも、成果の分配は自分では決められない。
人材の方への報酬を上げる権限もなかった。
「会社員っておかしくないか?」
この疑問が生まれた時、サッカー選手時代の経験が重なった。
監督やオーナーの顔色をうかがう。経済的に自立していないから忖度せざるを得ない。
サッカーも会社も、構造は同じだった。
だから俺は、辞める時にこう決めた。
ひとつに依存しない生き方をする。
今は施工管理の会社員をしながら、
ブログを書き、サッカー指導もしている。三足のわらじ。
カッコいい話じゃない。泥臭い話だ。
でも、自分の酸素を確保しながら生きている実感がある。
辞めることは、逃げじゃない

サッカー選手を辞める決断をして、もう何年も経つ。
華々しい成功じゃなかった。
タイトルを獲ったわけでもスター選手でもない。
でも平均引退年齢26歳の世界で、大卒から約10年間プロを続けた。契約満了、怪我、干された時期を乗り越えて、ボロボロになるまでやり切った。
俺はそれを誇りに思っている。
辞める決断をした時、怖かった。でも逃げたわけじゃない。
やり切った上で、次のフィールドを選んだだけだ。
もしあなたが今、何かを辞めるかどうか悩んでいるなら。
まず聞きたい。
自分の頭で考えて、その選択をしているか?
誰かに言われたから辞めるのか。自分で決めたのか。
自分の軸で決断しているなら、それは逃げじゃない。次のステージへの一歩だ。
自分を守れるのは、自分しかいない。
でもだからこそ、自分で決めた道は、自分だけのものになる。
俺はサッカー選手を辞めて、今も走り続けている。


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