久保建英って、結局どんな選手なの?
なぜスペインで評価されているの?
メッシっぽいって聞くけど今はどうなの?
W杯や代表戦をきっかけに、
こうした疑問を持った方も多いのではないでしょうか。
自己紹介↓

一度、彼がJ3に出場しているときに
対戦した経験がありますが、当時から技術に優れた選手でした。
まさに“日本サッカー史上屈指の天才”です。
この記事を読むことで
・久保建英のプレースタイル
・海外挑戦での苦悩
・すごさの理由
について理解することができます。
それでは解説していきます。
久保建英・プロフィール
- 名前:久保建英(くぼ たけふさ)
- 生年月日:2001年6月4日
- 出身地:神奈川県川崎市
- 身長 / 体重:173cm / 67kg
- 利き足:左
- ポジション:MF(主に右ウイング)
- 所属クラブ:レアル・ソシエダ(スペイン)
- 日本代表成績:44試合7ゴール
(2026年1月時点)
2019年、18歳5日で日本代表デビューしています。
これは日本史上2番目の若さです。
日本代表では20番を背負っています。
ちなみに、史上最速デビューは市川大祐さんです。
市川 大祐(いちかわ だいすけ、1980年5月14日 – )は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。日本代表にも選出され、2002 FIFAワールドカップに出場した。「17歳322日」という日本代表最年少出場記録を持つ
ウィキペディア
愛用スパイク|アディダス F50
久保建英の着用スパイクは
アディダス F50シリーズです。
- 軽量
- フィット感抜群
- スピード系プレーヤー向け
俊敏性・ドリブル重視の選手におすすめのスパイクです。
弟・久保瑛史もプロへ
弟の 久保瑛史 もプロサッカー選手です。
- ポジション:MF
- 利き足:右足
- 技術とゲームメイクが特徴
- レアル・ソシエダ下部組織
- 2025年:セレッソ大阪とプロ契約
兄のような派手さはないですが
技術のしっかりしたプレーヤーです。
“久保兄弟”の活躍にも注目です。
久保建英のプレースタイルを一言で言うと?
「サッカーIQ高い左利きアタッカー」です。
派手なドリブルだけでなく、
・いつ仕掛けるか
・いつ味方を使うか
・どこに立つべきか
これを常に考えてプレーできます。
久保建英の強み①|サッカーIQが異常に高い
久保選手は、
試合の流れを読む力が突出しています。
- 時間帯
- スコア
- 味方の位置
- 相手DFの体の向き
これらを瞬時に判断し、
「今、一番良い選択」ができます。
彼のインタビューを聞くと
その思考に触れることができるはずです。
サッカー界で有名な逸話が
13歳で飛び級で、久保建英を世代別代表に呼んだ森山佳郎さんが答えています。
印象的な話が、
途中交代で久保を起用するときに、
「やるべきことは、試合を観てわかってます。」
森山さんが指示をする前に答えたそうです。
それをピッチで表現できるメンタルも
幼少期から突出していたのでしょう。
強み②|速さ+緩急の効いたドリブル
久保建英のドリブルは、
“速さ”+ “緩急” がにあります。
- 一瞬止まる
- 相手が重心を動かす
- 一気に加速
この流れが非常に上手く、DFは対応しきれません。
特に左足のタッチは細かく、
同じ左利きの リオネル・メッシ を彷彿とさせます。
しかも、
ドリブルと素走りのスピード差がほぼない のも特徴です。
例えるなら
高性能EV + F1マシンって感じです。
滑らかなドリブルと急激な加速が
(高性能EV) (F1マシン)
まさに高性能EV + F1マシンのようです。
強み③|正確無比なキック精度
久保選手は
- セットプレー
- クロス
- ミドルシュート
すべて高水準です。
鋭く曲がる左足シュートで
直接FKを何度も決めています。
ゴールだけでなく
アシストもできる超一流選手です。
実は守備もすごい|現代型アタッカー
攻撃に目が行きがちですが
守備も貢献できる選手になっています。
カタールW杯では、
守備的戦術で本来の力を発揮できず消化不良に終わりました。
その悔しさが
一際彼の守備力を引き上げたのではないでしょうか。
現在は
- 前線からのプレス
- ボール奪取
- 走行距離
すべてが大幅に向上しています。
“走って守れるアタッカー”
だからこそ、ソシエダで重宝されています。
久保建英の経歴|天才の順風満帆…ではなかった道
- 坂浜サッカースクール
- 百合ヶ丘子供サッカークラブ
- FCパーシモン
- 東京ヴェルディサッカースクール
- 川崎フロンターレU-10
- FCバルセロナユース(スペイン)
- FC東京U-15むさし
- FC東京U-18
小学生でバルセロナへ
10歳で
FCバルセロナの下部組織(ラ・マシア) に合格しています。
日本のサッカー番組でも
「天才少年」として紹介され
一躍日本サッカー界で注目される存在になりました。
無念の帰国|FIFA制裁という壁
2014年、
バルセロナがFIFAから制裁を受けます。
理由は
18歳未満の外国人選手の登録問題です。
この影響で、
久保建英は公式戦に出場できなくなり帰国を余儀なくされます。
本人にとって、
最初の大きな困難だったと推測できます。
日本で“スーパー中学生”に
帰国後は
FC東京U-15むさしに所属をします。
- 中3で高校年代の大会得点王
- 二種登録でJ3出場
J3とはいえ、屈強なプロ選手を相手に
ルーレットを決める技術力や
そのあとのドリブルスピードとコースどりは、ずば抜けていました。
補足として
対戦相手のFC琉球は翌シーズン当時(2018年)最速でJ3優勝を果たしています。
日本中が再び注目します。
Jリーグ→レアル・マドリードへ
16歳でFC東京とプロ契約。
2019シーズンは主力に定着
2019年:13試合4ゴール
数字以上にプレー内容で周りを驚かせます。
そこからは、とんとん拍子で↓
18歳で レアル・マドリード移籍をしています。
その後は
- マジョルカ
2019-20:35試合4ゴール
2021-22:28試合1ゴール - ビジャレアル
2020-21:13試合0ゴール(途中退団) - ヘタフェ
2020-21:18試合1ゴール(途中入団)
とレンタルを繰り返します。
マジョルカでは、評価を上げましたが
ビジャレアル・ヘタフェでは結果苦しい時期も経験しています。
再起をかけた、マジョルカ復帰でも
アギーレ監督交代後は、序列が下がり起用が減りました。
要因としては、
・東京五輪出場
・日本代表活動
・コンディション不良
試合数が増えたことや
プレッシャーの多い環境での心身の不調があったと考察できます。
転機はレアル・ソシエダ
2022年、レアル・ソシエダ加入。
ここで
完全に覚醒 します。
- 2022-23:35試合9ゴール
- 2023-24:30試合7ゴール
- Man of the Match:リーグ最多クラス
「ワールドクラス」と評価される存在になっています。
ビッククラブ移籍も近いのではないでしょうか。
まとめ
今回は久保建英についてまとめました。
まとめると
・天才
・でも挫折も経験
・そして進化し続ける
ただ上手いだけではなく、
考えて、走って、闘える選手 です。
そして悔しさをバネに常にアップデートできる
思考の柔軟さも魅力的です。
だからこそ
「日本人には無理」と言われた
スペインで「ワールドクラス」と言われるまでに
成長したのではないでしょうか。
これからも
日本サッカーの基準を上げる存在であることは、
間違いありません。
最後まで読んでいただきありがとうございます。



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