サッカー日本代表、
スコットランドの名門セルティックで活躍する
前田大然(まえだ だいぜん)。
彼を一言で表すなら――
「とにかく速い」
自己紹介↓

この記事を読むことで
・なんであんなに走れるの?
・スプリントって何がすごいの?
・どんな経歴でプロになったの?
・家族は?結婚してる?
について理解することができます。
それでは解説していきます。
前田大然・プロフィール
- 名前:前田大然(まえだ だいぜん)
- 生年月日:1997年10月20日
- 出身地:大阪府南河内郡太子町
- 身長 / 体重:173cm / 67kg
- ポジション:FW
- 利き足:右
- 所属クラブ:セルティック
(スコットランド) - 背番号:38
- 日本代表:31試合14ゴール
(2026年1月時点)
愛用のスパイクは
ナイキ:マーキュリアルシリーズです。
マーキュリアルは
- 軽量
- 加速力重視
- スピード系選手向け
前田大然のプレースタイルに完璧にマッチしたスパイクです。
また、日本代表では11番を背負っています。
家族の存在|アンパンマンポーズの理由
前田大然選手は SAYAさん と結婚。
水戸ホーリーホック時代、
チアリーダーとして活動していたSAYAさんの
ポスターに一目惚れしたのがきっかけだとか。
現在は 3人の子どもの父親です。
ゴール後に見せる
「アンパンマンポーズ」 は、
アンパンマン好きなお子さんに向けてとのことです。
妻のサポートもあり
充実したサッカーキャリアを築けているのではないでしょうか。
前田大然のプレースタイル
とにかく速いですが
最も注目すべき点は、
得点が取れることです。
今まで速い選手は多くいましたが
・何度も走れる
・攻守において貢献できる
・さらに点が取れる
サッカーの全ての状況を
「速さ」で対応できる選手は、前田大然だけです。
① 爆発的スピード|50m走5.8秒の異次元
前田大然の最大の武器は、
言うまでもなく圧倒的スピードです。
50m走は 5.8秒 とされ、
これは陸上短距離選手レベルと言われています。
日本代表の伊東純也選手ですら
「大然の方が速い」と語るほどです。
DFが一歩遅れた瞬間、もう追いつけません。
陸上選手からすると
サッカー選手の5秒台は、正確ではないとの声もあります。
② 1試合のスプリント回数が異常
最も彼の価値を高めている特徴が
スプリント回数です。
前田選手は「速い」だけでなく、
何度も全力で走れる強さがあります。
- 1試合最多スプリント:64回
- カタールW杯では
60分間でスプリント60回
※スプリント
時速24km以上で1秒以上走ること
あの本田圭佑さんですら
「考えられへん」と凄さを語っています。
現代サッカーでFWに求められることは増えました。
それを涼しい顔で、対応できる能力は異常です。
この運動量が、相手DFの集中力を確実に削り
さらに得点できるため恐怖を与えている特徴になります。
③ 怪我をしない
最も凄いことは、怪我が少ないことです。
これは
・C・ロナウド
・メッシ
といった世界的スーパースターと共通する点です。
ざっと彼の実績をまとめました。
・2016:9試合0ゴール(J2)
水戸時代の実績↓
・2017:36試合13ゴール(J2)
松本山雅の実績↓
・2018:29試合7ゴール(J2)
・2019:18試合2ゴール(J1:途中退団)
マリティモでの実績↓
・2019-20:23試合3ゴール(途中入団)
横浜Fマリノスでの実績↓
・2020:23試合3ゴール(途中入団)
・2021:36試合23ゴール(Jリーグ得点王)
セルティックでの実績↓
・2021-22:16試合6ゴール(リーグ優勝:途中入団)
・2022-23:35試合8ゴール(リーグ優勝)
・2023-24:28試合6ゴール(リーグ優勝)
・2024-25:34試合16ゴール(リーグ優勝:MVP)
彼ほどの身体能力があれば
- 肉離れ
- コンディション不良
- 怪我の繰り返し
このような状況に陥りやすいタイプの選手です。
しかし、長期離脱がない。
そして何度も同じ怪我を繰り返さない。
日常生活を徹底していることが伺えます。
生半可な取り組みでは、彼のプレーは体現できません。
セルティックでの覚醒|“エース不在”を救った男
2025年始め
セルティックの絶対的エース・古橋亨梧が移籍しました。
当然、不安の声が上がりました。
しかし――
その不安を完全に払拭したのが前田大然です。
2024-25シーズン成績
- 公式戦:51試合
- 33ゴール
- 12アシスト
- リーグ年間MVP受賞
異常すぎる成績です。
51試合も出場するだけでも半端ないです。
そこで、結果まで出してしまうことからも
唯一無二の存在となっています。
名実ともに「セルティックの顔」を言っていいでしょう。
前田大然の経歴|決してエリート街道ではなかった
小・中学生時代
サッカーを始めたのは、小学4年生と遅めですが、
すぐにトレセンに選出されています。
当時から足が速く、プレースタイルは今と変わっていないとのことです。
中学は、全国大会出場経験もある
川上FCでプレーをしています。
山梨学院高校
高校は、強豪:山梨学院高校に進学を決めます。
冬の高校サッカー選手権大会で、
優勝したことが進学を決めた理由とのことです。
- 1年生から頭角
- 冬に謹慎処分を経験
1年生から試合に出てましたが、
精神的に未熟なことから、サッカー部から除籍処分を受けています。
理由は定かではないですが
いき過ぎたパシリ(いじり)が問題になったとの情報です。
その期間、
- 奉仕活動
- 走り込み
- 社会人サッカー参加
彼自身も、高校時代に人間性を鍛え直すことができたと語っています。
プロキャリア|挫折と挑戦の連続
プロ1年目は、9試合と苦しみます。
転機になったのは、
水戸ホーリーホックに期限つき移籍をしてからです。
遠回りこそが、前田大然を覚醒させました。
その後も、海外移籍をして
コロナの影響で帰国することになったりと苦労しています。
- 松本山雅FC↓
- 水戸ホーリーホック(覚醒)↓
- マリティモ(コロナで帰国)↓
- 横浜F・マリノス(J得点王)↓
- セルティック(欧州で成功)現在
まとめ
今回は前田大然についてまとめました。
まとめると
- 家族の存在が大きい
- スプリント回数が異次元
- 怪我しないことも強み
- 高校時代:除籍問題を起こす
- 人間性も偉大に
日本が世界と戦う時、必ずカギを握る存在です。
彼がいると2.5人分の運動量があるためです。
これからサッカーを観る人も、
「彼が走り出したらチャンス」と注目してください。
よりサッカーが楽しくなるはずです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。





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